★「実践!腸脳力」の世界へようこそ

このページでは“『実践!腸脳力』の世界へようこそ”と題し、内容の紹介をさせていただきます。7月16日の発売日まで、こまめに更新していきますので、よろしければご覧になってください!

 

 

★第1回・もっと世界を感じよう

第1回は、食べ物の話ではなく。。。「腸脳力」の核にあたるモノの感じ方について。

 

アタマで考えることとハラで感じること、この違いを理解することが、脳では捉えきれない広ーい世界とつながる第一歩。豊かさや自信、希望の源泉は、この感じる世界に広がっています。

「脳が認識できるのは、この世界のほんの一部。数字に換算できない世界につながるには、「頭で考える」こととは違った回路が必要になります。「感じる力=ハラの力」を養い、科学と芸術、この2つの領域を融合させましょう。」(本書より抜粋)

 


★第2回・植物が「主」、動物が「従」

第2回は僕たちが生きることのベースにある、動物と植物の関係について。。。

単純なことなんですが、光合成できない動物は植物を食べないと生きていけません。それは事実として知っているはずなのに。。。僕たちは植物とあまりうまくつきあえていないでしょう。

植物たちとの関係を見直す第一歩。。。それが毎日の食事。食べるとは「植物を食べる」ということ。その先にあるのが呼吸。呼吸とは植物の排泄物(酸素)をいただくという行為。。。
...
ヒトは栄養も排泄物も。。。植物の「すべて」をいただいて生きている。。。


「ライフスタイルの一部として食事の意味をとらえ直し、「肉を食べれば元気になれる」という発想をいったん保留にしてみる。その代わりに、もっと植物や微生物の力を見直してみてはどうでしょうか? 
そこに伝統的な日本食の価値も浮かび上がってきます。そんなふうに食事の意味が柔軟にとらえられれば、もう少し排他的でない、「いい加減な菜食主義」が実践できるかもしれません。」(本書より抜粋)
 
 

★第3回・人生は「腐敗」と「発酵」の繰り返し…

第3回は生きることを支えてくれている目には見えない存在、微生物たちの活動について。。。

 

発酵 ヒトを蘇生に向かわせるもの
腐敗 ヒトを老化や死に向かわせるもの


どちらも微生物が関わっていることに変わりがありませんが、かたや蘇生に向かい、かたや老化や死に向かい……。
微生物とのつきあい方によって、ヒトにとっては生死に関わるくらいの差が出てくるわけです。
植物を食べることが「生きる」ことの基盤だとしたら、微生物とのつきあいは「より良く生きる」ことの基盤。私たちは目に見えない存在とつながりあうことで、自らの存在の質を高めているのです。

(本書より抜粋)

微生物を無視したスピリチュアルってないよな。。。というのが、この分野について学んできた僕自身の感想。


腸内細菌が共生 → 腸が活性化(発酵) → ハラが据わる(蘇生)

こんな図式を思い描くと、食事の意味もまた違ってくるかもしれません。

 

★第4回・昔の日本人が元気だった理由

 

今回も書籍から関連する箇所を引用していくと。。。

(引用1)
「大陸では農耕や牧畜が始まることで食事の内容がガラリと変化しますが、日本列島はそのどちらも行われない時代が長く続きました。1万年以上続いたと言われる縄文時代は、狩猟採集時代の一つに分類できるものの、内容的には狩猟(肉食)からゆっくりと脱け出す期間でもあったわけです。」


「採集=植物食」に依存する時代が長く続き、そのベースが農耕開始後も引き継がれ。。。食事(植物)ー腸(微生物)のつながりのなかで「ハラの据わった日本のサムライ」が生まれた。
それがいまは。。。


(引用2)
「健康診断の数値がすべて良好であったとしても、それがその人のバイタリティーと完全に重なり合っているわけではありません。

そう考えていくと、数値には表しにくいもののなかに本当の健康の基準があることが見えてくるでしょう。
それを「生命力」と呼ぶならば、日本人の生命力は明らかに落ちてしまっているはずです。この先でいくつか理由を挙げていきますが、「過去最低」と呼べるくらいのひどい水準かもしれません」



皆さん、頑張ってバイタリティー=ここ一番のチカラを取り戻しましょう! 

そのカギを握るのが「腸脳力」です。笑。

★第5回・「食材のレパートリーを広げていこう」

(引用1)
... 「日本人はコメを栽培し、主食にすることで数千年にわたって生き続けてきたわけですから、その重みをしっかり感じ、まずはコメを通じて「植物の生命」をいただくことを考えてみてはどうでしょうか?

そのためには、高い意識で農業に取り組んでいる人を探して、個人単位でつながっていくことも重要になってきます。

もっと言えば、そうした農家を応援するということ。せめてコメや味噌くらいは、本気になって「本物」を探してみてはどうでしょうか?」


食事についてはいろいろな考え方があると思いますが、僕はとりあえずこんなふうに感じてます。でも、コメ(日本食)が絶対というわけでもなく。。。


(引用2)
「バターをたくさん使うフランス料理も悪くありませんが、日常食として考えた場合、イタリア料理のほうがなじみやすい。

その意味では、「日本にないものをイタリアが持っている」と考えてもいいかもしれません。

こうした視点で世界各国の料理を眺めていくと、その長所がうまく取り入れられ、食卓が豊かになると思いませんか?

食の欧米化というとあまりいいイメージを持っていない人も多いかもしれませんが、そこにもいいところはたくさんあるのです。」


カラダの土台がしっかり作れたら(ココが大事!)、その土台にいろいろなプラスアルファを重ねていく。。。そんな肯定的な感覚が、腸脳力=ハラの世界なのかな〜と思います。

★第6回・「植物を上手に食べ、ゆったり呼吸する」

今回も書籍から関連する箇所を引用していくと。。。

(引用)
「免疫学者の安保徹氏は「解糖系からミトコンドリアへとエネルギー製造の割合をシフトさせることが、ゆとりがありながら能力が発揮できる、自分らしい生き方の土台になる」と説いています。
...
植物を上手に食べる ゆったり呼吸する……わかりやすく言えば、この2つがミトコンドリア的生き方のポイントでしょう」

解糖系? ミトコンドリア系? 。。。僕のまわりではご存じの人も増えてきましたが。。。わかりやすく言えば、活動エネルギーを生み出す細胞内にある2つの工場。

このうち、植物のチカラ(ビタミン、ミネラル、ファイトケミカル+酸素)を活用して、膨大なエネルギーを生み出しているのは、ミトコンドリアのほう。

ミトコンドリアは、達人の世界。。。脱力とリラックス、心地よさとつながった世界。。。

ストレスフルな生活から脱け出すには、植物との関係を見直すことが第一歩。食べるということも、そのなかに含まれています。

★第7回・「“感じる力”を身につけよう」

 

(引用)
...
「そもそも「どんな食べ方が正しいのか?」という問いに対して絶対的な答えが存在しているわけではありません。

どんなに理に適った食事法、健康法であっても、そこには「うまくいく人」と「うまくいかない人」が必ずいます。

大事なのは、「何が正しいのか?」ではなく、「なぜうまくいったのか?」ということ。「うまくいっている人といかなかった人の差はどこにあるのか?」、まず問いかけてみてはどうでしょうか?」

 

僕自身は「玄米」を食べているし、「肉食」はあまりせず、植物中心の食事でここまで(どこまで?)体質を変えてきたわけなので、その「正しさ」を主張したほうがラクなんですが。。。

まあ、そこに落とし穴もあるわけで。。。


もちろん、こうした正しさは自分の成功体験に基づいたものだから、その人にとっては実感のこもった、決して独りよがりなものじゃないでしょう。

でも、その正しさすら外して、保留にして、疑って、つねにゼロでいる。

そうやって正しさのバイアスを外していくと、いろんな人のいろんな生き方がそのまま感じとれるようになります。

いろんな思い、声がスーッと伝わってきて、相手の気持ちに近づくことができる。

僕はそれが「ハラの感覚」なのかな〜と思っています。単に健康になるとか、そういうだけの話じゃなしにね。笑。


世界はホント広い。。。そして、じつはとても豊か。。。