『実践! 腸脳力』発刊記念・著者・長沼敬憲氏インタビュー

腹を据えて生きるには?

「理屈は納得できても、どこかしっくりこない」「実力は互角でも、何かが違う」。誰しもそんなことを感じた経験があるだろう。言葉にしづらいけれど、確かに感じている大切な“何か”を体得するヒントはどこにあるのか? 前作『腸脳力』がロングセラーを続け、今年7月に2作目となる『実践! 腸脳力』(BABジャパン刊)を上梓するサイエンスライター・長沼敬憲氏に、腸脳力とは何かを改めて聞いた。(取材・文◎石田舞子)

 

─“腸”と“脳”の力と書いて「腸脳力」。これは何を意味するのでしょうか?

 

長沼 例えば強いプレッシャーがある時、お腹が痛くなる人っていますよね? 「失敗したらどうしよう……」と頭で考えているんだけれど、お腹に不調が現れる。頭とお腹はつながっているんですよね。

 

─なるほど、脳で考えすぎると、腸にも影響が及ぶ……。

 

長沼 そう。「うまくできるかな……」という不安や恐れの源は、通常は脳にあると思われていますが、生物の進化の歴史を辿るとそうとも言えないんです。ヒトの祖先である初期の脊椎動物には、脳が存在しない。ただ、口から肛門に続く消化器官(腸)だけがある。どんな生物も食べ物を摂取して生きているわけで、脳はなくても、腸がうごめき、何かを感じながら生きてきた。そこが「感情」の原点。最近の研究でも、脳→腸の影響だけでなく、腸→脳の影響もありえることがわかってきたんです。

 

─ということは、腸の調子が良ければ頭もよくなる?

 

長沼 はい(笑)。感情が安定してくれば、頭も働きやすくなりますよね? こうした“ハラの据わった人間”になるには、文字通り腸(ハラ)を整えることが大事。つまりは食事が大切になってくるわけです。

 

─食事というと、玄米菜食とかローフードとかいろいろありますが、長沼さんは著書の中で、食事法にこだわり過ぎるのもよくないっておっしゃっていますね。

 

長沼 同じ食事法を試しても、うまくいく人といかない人がいるでしょう? うまくいかない人って、「これが体にいいから食べる」と頭でっかちになっていることが多い。ストイックに取り組む時期があってもいいのですが、美味しさを感じたり、お腹の調子に気を配ったり、つまりは自分の感覚を大事にしてほしいんです。

 

─食事を通して、体と対話するってことでしょうか?

 

長沼 そうですね。例えばボディワーカーや武術家であれば、技のコツをつかんだ体験とか、無駄な力が抜けてラクになった体験ってあると思うんです。それと似たようなことが食事にもある。そうした食事法のコツをつかむヒントも、2作目で取り上げています。腸の反応を意識することで、体の感覚がもっと研ぎすまされたり、感情のムラがなくなるなどの変化が出てくると思います。

 

─感覚って、人それぞれですもんね。

 

長沼 今まで僕自身、食事法や健康法についていろんな人を取材したり、自分でも実践したりしてきましたが、何が正しいかなんて一概に言えないところがあって。何かを食べたという行為自体よりも、食べたことによって、体の内側がどう変化したかが大事だと思うんです。食事を見直すというと、栄養素やカロリーばかりを気にする人も多いんですが、食べ物が体の中に入って、実際にどんな風にエネルギーになるか、その仕組みを知らない人も多いでしょう?  2作目ではその辺りもさらに詳しく書いています。

 

─体の仕組みを知ることも大事だし、頭で考えすぎないことも大事……。

 

長沼 バランスなんですよね。理屈ばかりにとらわれていると、その理屈以上の体験はできませんから、実践していてもどこか窮屈でつまらない。一方、感覚を大事にし、ハラで生きるコツがつかめていくと、予想を超えるものが現れるかもしれないワクワク感や面白みが出てきます。頭でがんじがらめになっているなと思ったら、一拍置いてまず自分を俯瞰して見るようにする。そうすると冷静さが出てきて、もっと坦々と過ごせるようになりますね。

 

─坦々と。達人って、そういうところありますよね。

 

長沼 たとえばイチローもそうでしょ。一本筋が通っているところ、落ち着いたところ、そういった心身の在り方が、僕のいう「ハラ(腸)で生きる」感覚なんです。食事法を実践する上でも、まずそれが大事でしょう。

 

─なるほど。ハラの据わった生き方って、一朝一夕にはできないかもしれませんが、毎日の食事という身近なところから始めていけばいいのかもしれません。この度はありがとうございました。
 

(「月刊秘伝」2013年8月号より転載)

「実践!腸脳力」著者インタビュー(月刊秘伝8月号).pdf
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